一人でも入れる労働組合ユニオン千葉



ト ッ プ 相談時間
事務所地図
ユニオン千葉
プロフィールと目的
組合員の
利益のために
労働問題で
悩んでいませんか
突然の解雇
相 談 事 例 問題が
起きる前に
残業代は必ず
請求しましょう
組合員と
メンタルヘルス
政治活動は
行いません
一年間の闘い
資金調達と
降格減給
トラック運転手
3回目の解雇通知
トラック運転手
労働問題の増加
トラック運転手
待遇格差
トラック運転手
残業代
抗議行動は
重要な仕事です
団体交渉から
抗議行動へ
ユニオン千葉
労働相談
ユニオン千葉
ブログ
特選抗議行動
写 真 集
千葉市内
街 宣
ユニオン千葉
の仲間達
争議対策
懇 談 会
ユニオン千葉
高宕山ハイキング
ユニオン千葉
応援歌
ユニオン千葉
歴史談議
ユニオン千葉
武将評伝
リ ン ク


資金調達と降格減給 

52歳 男 (元・スイミングスクール部長)

平成○○年の10月中旬、社長から話があるとの事で本社に行きました。
そして突然、再度の降格減給を言い渡されたのです。

平成○○年3月末に部長から課長への降格減給がありました。
その時は会社の経営や資本不足を考えるとやむを得ないと自分を納得させました。
今回はそんな話と思わず、何の話だろう?と本社を尋ねました。

そこには会社と資本提携している鰍iSより出向している次長も同席しておりました。
社長は普段とまったく違い憮然とした顔をしていました。
なにか、嫌な予感がしたのを覚えています。
会社は1年ほど前より資金不足に至り、JSと資本提携しておりました。
次長は平成○○年6月より会社の状況を視察のため出向していたのです。
10歳ほど年下ですが私の上司にあたります。
職場では冗談交じりの会話もし、運営もお互い協力的に遂行できていたと感じていました。
社長が暗い顔で耳を疑うような言葉を言ったのです。

「おまえは次長からの報告によると仕事をしていないそうだな!12月より平社員に降格、それに伴って減給する、何か言いたい事はあるか」同席した出向の次長も関西弁で
「あんたは仕事してへん、何でそんなに仕事せいへんのん」
今朝、営業所で元気に挨拶を交わした相手とは思えない口調でした。
私は手を抜いて仕事をしたことなど一切ありません。
社長がたった5ヶ月しか、それも1週間に2回会うか会わないかの次長の話を信じたのは何故なのか?
私は呆然としながら、二人の顔を見つめていました。

私はスイミングスクールの指導員をしていました。
二人の言う仕事とは、秋に入れば行う予定のプールの水温を保つカバーをするかしないかの事でした。
気温が高かった平成○○年は少し時期をずらし実施予定でした。
そんなことは社長と二人きりで話せばわかってもらえると信じていました。
社外の人間がいる場所では言いたくなかったのです。

「返す言葉も無いようだな、俺は今まで騙されていた!」・・・
私が社長を騙した?どうした事かそこまで言われても言葉が出ないのです。
言葉が返せなかったのは、話せばわかってもらえるはずだという気持ちと、仕事をしてきた事は同僚や部下たちに聞いてもらえればわかるとの思いでした。
「仕事にもどれっ!」と言われましたが職場に戻っても、仕事が手につくはずもありません。
家に帰っても寝つける状態ではなく、なぜ、なぜこんな事に?と眠れない夜を過ごしました。

その一週間後に課長の会議がありました。
私を含め3名の課長と社長、出向の次長が参加しました。
「次の会議からNは外れる。
12月より平社員に降格する」
と社長から説明がありました。

1) 役職手当は削除し基本給も減額(給料半分になります)
2) 仕事は今まで通りの仕事量と質をこなすこと
3) 会議などには出席する必要はなし

同僚が説明を求めてくれると思っていましたが、一人の課長が突然言ったのです。
「Nさん、もう辞めれば!辞めてくれない・・・・・・・・・」
私に対する思いがけない退職勧奨でした。
頭を強い力で殴られたようなショックでした。
屈辱で体が凍りついていました。
彼は私より20歳近く若く、自分の昇給が無いのは給与の高い私のせいだと思い込み日頃から私を妬んでいたようです。
(若い課長の退職強要ともいえる侮辱的な発言がトラウマとなって今も私を悩まし続けています)
もう一人の同僚は「・・・・・・・・・・・・」
彼とは10年近く上司と部下の関係だったのです。
何を考えているのかはわかりませんでしたが、私への恨み事はなかったように思います。

なぜあいつにそんな言葉を言われたのか、会議の終了後、事務所で自分を問い詰めていました。
見かねた事務員がこっそり教えてくれました。
「数週間前から社長と次長、他の課長がNさんに内緒で数回話し合いをしていましたよ」
そうか、会社の資金繰りで今回の金策が私の名義じゃできないので、あいつの名義で借りたのか・・・・・・・
土地建物の下落で私名義では銀行での借り入れが出来なかったものと思います。
私にはバブルの頃購入した戸建住宅のローンが残っておりローン残高が住居価格を上回った状態でした。
若い課長の傲慢な態度と社長の冷たさに資金調達に利用価値のなくなった私を葬ろうと話し合っていたのだと確信しました。

帰って妻に話しました。
呆然とする妻でしたが私と違って落ち着きを取り戻し「いつか私がもらってきた個人加盟労働組合のチラシを持っている?」と私に尋ねました
「取っておいたよ」力無く私は答えました。
4ヶ月ほど前に妻が四街道の駅前で貰ったチラシでしたが、気になり残しておいたものです。
引出しの奥から引っ張り出しユニオン千葉に電話をし、1週間後相談予約となりました。

次の日、まずM市の労働基準局に行きました。
状況を話すと「リストラの手段ですね、しかし給与のダウンが20%を超えるので違法です、こちらからおたくの会社に電話をしますがよろしいですか?」
「お願いします」
「会社がこういう手段に出てきましたがあなたはどうしたいですか?」
「どうしていいかわかりませんが、仕事には行きたくないと思っています」
「後はハローワークの判断になりますが、会社都合になるかもしれない退職届の書き方がありますのでお教えします」
M労基署からの電話で会社の態度が変わってくれればと本当に期待しました。
しかし、M労基署から電話をしてもらっても会社の態度には全く変化も無いので不思議に思っていたのです。

後から聞いた話ですが労働基準局から会社への電話は「NさんはCSの社員さんですね?こちらに相談にみえましたよ」
との連絡だと聞いて愕然としました。
労基署では降格減給については何も解決できないのだと知る事となりました。
もう労基署などあてにはなりません。

自己都合退職は得策でない事は就業規則でわかっていましたので、次の日に社長に土下座をして
「18年間働かせていただいて最初で最後のお願いです。どうか私を会社都合解雇して下さい」
と頼みました。
「解雇はしない、絶対しない!」
と私の顔も見ないでの回答です。
数日後もう一度土下座をして
「どうか解雇して下さい」
とお願いをしましたが、今度は鼻先で笑うように私を見ながら
「解雇はしないよ」
この時ほど社長を恨めしく思えた事はありません。

退職を心に決めていた私は行きたくありませんでしたが、妻に付き添われてユニオン千葉の事務所に向かいました。
今までの経緯を委員長にお話ししました。
「退職届を出しちゃダメです。あなたは病気のようだから医者に行った方がいいですよ」
「どうしても会社に行きたくないのなら有給休暇を使って休養したらどうですか、傷病手当というのがあるので調べてみたらいかがですか」
明日にでも退職届を出そう、あんな職場から逃げられると思っていた私にとっては最悪の言葉でした。
正直来なければよかったと思いました。
相談後、やるだけやってみようと言う妻の言葉に後押しをされユニオン千葉に加入しました。

翌々日の昼過ぎ、朝はなかった書類が私のデスクの上に置いてありました。
平成○○年12月より平社員を命ずとの辞令を社長自ら置いて行ったとの事です。
おそらく組合加入通知書が届いたものと確信しました。
給与の減俸は19%程度になりました。
ユニオン千葉の効力です。
本来は課長からの降格は係長なのですが、私の場合は2階級の降格減給なので会社始まって以来の懲戒処分です。
残念ながらその懲戒処分には変更はありませんでした。

委員長には休んだ方がいいと言われましたが、その後も義務感だけで1週間は職場に何とか通い仕事をしました。
頑張らないと部下にも背を向けられるとの不安感がありました。

病院を組合員に紹介してもらい、精神内科に行ってみました。
うつ病と診断されました。
社長と次長に言い返せなかったのは、自分自身の責任だと自分を責めました。
自問自答と自責の気持ちの出口がみつからなくて言葉に詰まった様です。(とにかく考えがまとまらない状況でした)
医師からはそれがうつ病の顕著な症状だと告げられました。
仕事を休んで休養をとる事、薬を飲む事が治療だと告げられ、診断書と共に有給休暇届を会社に提出し2008年12月1日より休み始めました。

職場の様子が気になり、数名の部下に電話を入れましたが着信を拒否されました。
メールでの連絡を試みましたが返事が返ってくる事はありませんでした。
妻の携帯から電話をしようやく一人の部下に連絡がつきました。
「N課長とは連絡を取らないようにとの会社命令ですので申し訳ありません、今後は連絡されても立場的に困ります」
暗くて小さい声でそう伝えられました。
これで会社の状況を知る手段も失いましたが、日頃よりお世話になっていた本社のパート事務員からは少しの情報が入手できました。

1回目の団体交渉で私は何も言えませんでしたが、ユニオン千葉のお陰で休職と傷病手当の支給の承諾を得ました。
会社側の参加者は社長一人です。
会社と闘う目標は会社都合解雇です。
退職金の金額が違います。

社長は相変わらず
「早く治して戻ってこいよ、みんな待っているぞ!」
とあからさまに演技とわかる話をしました。
社員には「あいつは前から病気だ、会社や仕事のせいじゃない、自分のせいだよ」と言いふらしていた事を風の噂で聞きました。
やっぱり18年間尽くしてきた人は別人になっていました。
数百万の退職金の支払いなのに、会社は資金繰りが大変で解雇にしてくれないのでは?
会社都合でもらえるか、自己都合退職でその半分かは切実な問題です。

2回目の団体交渉でも会社側は社長一人で、また私はほとんど何も言えませんでした。
ユニオン千葉のお陰で時間外手当を数十万円獲得しました。
請求できたのは1年分で、その前の1年間は取締役だったとの事です。
何で?・・・・・・・・
この時私が2年間会社の役員をやっていた事を知らされました。

確か数年前に税法上の軽減のため、給与支払い方法を1年間だけ変えるので協力しろと言われ、給与明細の記入の仕方が1年間変わった年があったのです。
その時に名目上の役員として2年間過ごしていた事を知る事となりました。
私自身会社のためだと思い、詳しい説明を求めないで応じた事なので仕方ありませんが、いろいろな手段での節税や資金繰りがある事を知りました。
社長は「早く治して戻ってこいよ、みんなが待ってるぞ!」
心を込めたような顔をして言いました。
この人はこんなに演技がうまかったっけ?・・・・・・・・・・

なぜ平成○○年12月に降格されたのかがその後事務員との連絡でわかりました。
名目上の役員時代に私名義で借りていた会社の運営資金1000万円が平成○○年11月で返し終わったのでそれを区切りとしたのでは?との事でした。
社長が運営資金の工面に苦労していた事は知っていましたし、部長時代から今回のこの事態に至るまでにも、資金調達書類のサインや捺印を再三してきました。
私の署名、捺印では審査の段階でダメだったと何度となく社長から聞かされていました。
金策での利用価値が無くなった人間は、それなりの扱いにしようと云う事だったのでしょう。

私は資本提携したJSで10年働いていました。
社長が会社創業から1年後、来て欲しいと数回の訪問を受けた私は社長の真剣さに打たれ千葉に移ってきました。

勤務先は箱物の施設にスポーツ指導員派遣の派遣会社でした。
千葉県下4校に指導員を派遣し社員20名、アルバイトを含めると100名は超えます。

18年間、家庭をも顧みず会社のために働いて社長や社員の信頼も得てきたつもりです。
それなのに怠け者と云う身に覚えのない濡れ衣を着せられ、うつ病発症となり追い出されなければならないとは・・・・・・・・
金策に社員の名前を使い、利用価値が無くなると降格減給で自己都合退職に追い込もうとするのか・・・・・・・・・
社長の本性が見えてCSでの18年間が虚しく感じられたのです。

傷病手当受給から約1年、事務員に連絡を取ってみました。
会社の状態があやしくなってきたとの事です。
法務局で調べると会社関係の全ての土地や建物、社長の家もがB信用金庫名義になっていました。(B信用金庫は会社のメインバンクです)

就業規則では1年半の休業が認められておりますが、このまま会社が倒産したのでは会社都合退職は得られても、退職金が得られません。
委員長に話をして自己都合退職をし、数百万の半分でも退職金を得る道を選びました。

社長の都合で平成○○年2月初旬に退職届を出しに行きました。
社長には以前の活気が全く感じられず、隠居生活のような感じを受けました。
「きみが望むように早めに処理をしよう」
しかし2月初旬に届けたにも関わらず、3月15日付けでの退職承認となりました。
会社の存亡が気になる私は不安を感じました。
本当に払ってくれるのだろうか・・・・ひょっとしたら払う前に倒産する計画なのでは・・・・
毎日が不安でした。

退職に際し今まで世話になった同僚や部下にごあいさつをメールで送りました。
元部下の課長と元部下の1名から「何も出来なくてすみませんでした」との連絡を受けた事が心の救いでした。

退職金の支払いに不安感が消えない私は、再三再四の振込の要請書を出しました。
4月末に支払いますとの一通の依頼書のみが届き連絡も取れません。
退職金は3月末の支払期限にも拘わらず、4月末迄に数回に分けて振り込まれました。

最後の最後まで社長は人をだますタヌキ爺でした。
最近わかったのですが、会社は名義だけ残しJSに吸収合併されるとの事です。
今までいた従業員には退職金は支払える見通しがないと通達があったそうです。
元部下には「会社に不安を感じたら連絡をくれ、相談にのるよ!」と伝えました。

この1年間で自分の団体交渉は2回だけでしたが、他の組合員の団体交渉には20回近く参加しました。
なかなか言えなかった団体交渉の場での意見も、少しですが言えるようになってきました。
医者の指示がある限り薬は飲まなくてはいけませんが、最近はうつ病から回復してきたような気がしています。

もしもユニオン千葉に入らず退職していたら・・・・・・・
逃げるだけではうつ病からの回復は難しく、再発の恐れが高いとの事を医師より言われました。
労働問題が解決してしばらくすると活力が回復し、以前よりも強い大きな力を感じています。

ユニオン千葉での経験は私にとってはすばらしい治療薬だったと思います。
組合員になれた事は妻に感謝し、今の自分になれた事はユニオン千葉のメンバーのお陰です。
これからも自分を見失わないようユニオン千葉の活動の中で学んでいくつもりです。

私と同じような立場になったら迷わずユニオン千葉に電話してほしいのです。
労使紛争の解決は早めに対策を立てる事が必要です。私もそんな方のお役に立てればいいとユニオン千葉のお手伝いをしております。